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大阪高等裁判所 昭和54年(ラ)676号 決定

抗告人

富山重信

右代理人

岡田忠典

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は、抗告人の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨およびその理由は、別紙〈省略〉のとおりである。

二当裁判所の判断

1一件記録によれば、抗告人は、昭和五四年五月一〇日、相手方(その本店所在地は、福岡市博多区博多駅前三丁目五番七号。)より交付された現物条件付金取引約款を文書により承認して、その賛助会員となつたこと、右約款には、「貴殿と当社とにおける本取引に関する訴訟については、当社の本店所在地の管轄裁判所を訴訟の管轄裁判所とすることに合意する」なる条項が存在すること、抗告人と相手方間において、右約款に基づき、同日から同月二一日までの間、数回にわたり、取引が行われたこと、抗告人は、同月二八日、相手方に対し、本件賛助会員となる旨の本件約定を取消す旨の意思表示をしたこと、抗告人は、同年八月二日、相手方を被告とし原審裁判所に、貸付信託受益証券返還請求(抗告人において相手方に対し保証金代替物として預託した額面六〇〇万円の貸付信託受益証券の返還請求)の訴を提起したが、その後、相手方において、右証券を処分する旨通知して来たので、右返還請求を損害賠償請求に訴の変更をしたこと、抗告人が、右訴において、本件賛助会員となつた契約そのものが公序良俗に反し、又は、抗告人の要素の錯誤に基づいたとの理由で、第一次的に右契約の無効、第二次的に右契約の取消を主張していること、原審裁判所が、同年一二月五日の第四回口頭弁論期日に、本件を福岡地方裁判所に移送する旨の決定をしたこと、が認められる。

右認定事実に基づけば、抗告人と相手方は、本件取引に関する訴訟につき、相手方の本店所在地の管轄裁判所、即ち、福岡地方裁判所を指示して、所謂管轄の合意をしたものと解されるところ、右管轄の合意をもつて、所謂専属的管轄の合意と解するのが相当である。

蓋し、右認定事実から、抗告人と相手方は、もし、本件取引に関して紛争が生じ訴訟になつたならば、その指示にかかる裁判所においてそれを解決するとの趣旨で、本件管轄の合意をしたのであり、他の裁判所で訴訟をすることは予定していなかつた、と解されるし、他に右合意を特に付加的ないし競合的と解すべき事情の存在は認め得ないからである。

2(一)  ところで、抗告人において、本件訴訟は、本件賛助会員になる契約そのものの瑕疵を理由に提起されているのであり、抗告人が本件賛助会員になつた後の取引上の紛争を原因としているのではない、しかるに、本件管轄の合意は、取引上の紛争に関するものであるから、本件訴訟にはおよばない旨主張する。

しかしながら、前叙認定説示からすれば、本件管轄の合意を、抗告人主張の如く限定して解釈しなければならない合理的根拠はない。本件訴訟も、抗告人と相手方とにおける本件取引に関する訴訟であると解するのが相当である。

(二)  抗告人において、抗告人は、本件管轄の合意を含む本件約款を検討しておらず、その内容を知らなかつた旨主張する。

しかしながら、前叙認定にかかる、本件約定成立から抗告人が取消の意思表示をするまでの期間および抗告人が右約定に基づき右期間中相手方と数回にわたり現実に本件取引を行つている点、に照らすと、抗告人が本件約款の内容、少くとも、本件管轄の合意条項の内容を知らなかつた、ということはできない。

3抗告人において、相手方は西日本一帯に支店営業所等を持ち、訴訟に対応する行動力に欠けることは全くなく、更に本件訴訟の立証過程における証拠資料、関係人は、全て原審裁判所附近に存在する旨主張する。

しかして、受訴裁判所が法定管轄を有し、かつ、著しい損害又は遅滞を避けるため、当該裁判所で審判する必要ありと認められるとき(民訴法三一条)には、当事者間に管轄の専属的合意があつても、当該裁判所は、当該訴訟を移送しないで審判することが許される、と解するのが相当である。

しかるに、抗告人の右主張内容は、右説示の趣旨の主張としては、それに適合すべき具体的事実の主張が足りないし、のみならず、その主張内容自体を認めるに足りる証拠もない。

4その他一件記録を精査するも、抗告人の本件抗告を認容するに足りる事由は、存在しない。

以上の次第で、本件を福岡地方裁判所へ移送する旨の原決定は、正当であり、本件抗告は、全て理由がない。

よつて、本件抗告を棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(大野千里 岩川清 鳥飼英助)

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